窓の無い部屋、四隅に立てられた蝋燭だけが唯一の光。
自分の息の音と、規則的に鳴る秒針の音だけが耳に聞こえる。
遠くから、足音が聞こえる。それも聞きなれた足音。
閉じていた目を開き、電気をつける。
無表情な顔に微笑みを浮かべる。
そして、ドアの方に目をやる。
ギィィー
「おいっ、このドア新しくしろよな。これじゃあ、女性客がドア開けらんないぞ」
硬いドアから進入してきた人は、予想どおりの人物。
「ああ、気にしないでくれ。男性客しか来て欲しくないからそうしている」
「はあ? お前、それは問題発言だろ・・・」
「冗談だよ。今度の仕事の収入が入れば新しくするさ。それに、客が来たら開けてあげるさ」
「今度の仕事? へぇー、こんな胡散臭い所にも一応仕事がくるんだー」
「まあ、ちらほらと物好きが」
「で、今度の仕事って?」
「たいした事じゃないさ」
「なに、一応企業秘密ってやつ?」
私に悪戯っぽい微笑みを向ける。
「まあ、そうなんだが・・・、君と私の仲だ、話してあげよう」
「そうだよな、って、どんな仲なんだよ?」
「一口には言えない仲なので、以下省略」
「お前なぁー。まあいいや、んで、仕事って?」
「夫にもらった結婚指輪をどこにしまったか」
「・・・」
「これが、20代の新婚さんならすぐ見つかるんだけどね。なにぶん、80代のおばあさんで指輪の形さえ思い出せないから、結婚式まで記憶を遡って結婚指輪の形を見つけてから、その指輪を最後にどこにしまったかを探すんだよ。一日ではできなかった」
「企業秘密にする事か、それ?」
「そう改めて訊かれると、考えさせられるなー」
「それにしても、お前って本当に人の記憶を覗けるわけ?」
「覗くだけじゃなく、いじれるよ」
「マジ。じゃあ、ある有名人と付き合っていた記憶なんてのも、入れられる?」
「当然。でも、その有名人の記憶もいじらないと、完璧な記憶にならないよ。君だけが、付き合っていたっていう記憶が有っても、相手に無ければただの精神異常者だ」
「遠隔操作は、無理?」
「そんなのできれば、私はこんなとこに居ないよ」
「確かに」
「それに、記憶をいじるのはリスクが大きい。ひょんな所からいじった記憶の関係者が現れて、最終的に精神障害になった人もいるからね」
「う〜ん、そうだなあ・・・。じゃあ、先生の記憶いじって俺の成績良くするとかは?」
「・・・・。そんなことして嬉しいかい? どうせなら、記憶いじってその日のテストにでる内容を植え付けるとかの方が有効だと思うけど」
「できるのか♪」
「私にその知識があればできるよ」
「じゃあさあ、とりあえずこの公式をさあ・・・」
「自力で植付けなさい」
「なんでー、いいじゃんか」
「私の商売は値が張るよ」
「なにっ!! 俺とお前の仲なのにお金を取るのかっ!!」
「どんな仲だろうと、仕事は仕事だよ」
「えーっ。ちょっとぐらいいいじゃん」
「駄目」
「ちぇっ。ところで話は大幅に変わるんだけど、今日泊まってっていい?」
くるくるとよく変わる表情。
「別にかまわないが、その代わりに晩飯と朝飯お前が作ってくれるよな」
「それぐらいOK! 実は今月金欠でさ、ご飯もろくに食え無かったんだ」
「螢(けい)、君は足長オジサンからかなりゆとりのある仕送りがあるはずじゃあ・・・」
「まあ、色々とありまして・・・」
「まあいいけどね。じゃあ、晩飯お願いします!」
「任せてくれ!!」
「期待しているよ」
螢はガッツポーズを決めてから台所へ向かった。
私はリビングのソファーに腰掛ける。
しばらくすると美味しそうな香りが台所から匂って来た。
その匂いを嗅いでいると、懐かしい気持ちになる。そして、無償に苦しくなる。
訳はわかっている。でも、わからないふりをしたい。
またしばらくすると、機嫌の良い螢の鼻歌が聞こえて来た。
私は、いつの間にかその鼻歌を眠り歌代わりにして、眠ってしまっていた。
これが私の日常。これが私の日常のはずなんだ・・・。