私達の言い合いは言い合いとは言えなかった。ただ、お互いに自分の思いのたけを吐き出しているだけ。傷つけあうだけだった。いや、私が一方的に傷つけていただけかもしれない。
「もうやめて!!!」
京子の悲鳴のような叫び声によって、私はやっと言葉を止めた。
「・・・・」
「お願いだから、もう止めて。私のことは放って置いて・・・・。このままで幸せなの。本当に幸せなのよ・・うぅっ・・」
京子が泣き崩れた様子をみて、今更ながら後悔が嵐のように訪れた。
きっと、彼女も辛いに違いない。それなのに・・・・。
「お母さん?」
螢が、心配そうな顔をして京子に寄ってきた。
「螢・・・」
京子は螢をしっかりと愛しそうに抱きしめた。まるで、章吾さんを抱きしめるが如く。
「世良君、帰って頂戴・・・。お願い・・・」
「・・・・・」
私は、何もいえなかった。縋り付くような目で京子を見ていたと思う。でも、私の視線は京子とは絡み合わなかった。
「失礼します・・・」
これ以外、私に何が言えただろうか。私は、螢がくれたキーホルダーを握り締めて玄関へと向かった。
結局、私は傷つけただけじゃないか・・・・。
「ごめんなさい」
消え入るような京子の声だった。
ズキリと胸が痛んだ。私は、結局謝りさえしなかったのだ。
ピンポーン
せめて私も一言謝ろうと振り返った瞬間、インターホンが鳴った。
これで、私は謝る機会さえも失った。
「・・・・・・・・」
ピンポーン ピンポーン ピンポーン
何度もインターホンが鳴らされる。けれど、京子は動かなかった。
「京子さん?」
京子さんの様子が変だ。
ピンポーン ピンポーン ピンポーン
「出なくて良いんですか?」
「・・・いいの。放って置いて・・・」
外の人は、徐々にイライラしてきたようで、今度は激しいノックに変わった。
ドンドンドンッ ドンドンドンッ
「居るんでしょ。分かっているのよ」
外から聞こえてきたのは、女の人の声だった。
ドンドンドンッ ドンドンドンッ
「・・・・・・・・」
「お話があるのよ、京子さん。私、今日は帰らないわよ。開けないと、何時まででもドアを叩きつづけるわよ。だから、観念して開けて頂戴」
ドンドンと激しくドアを叩く音と共に、ヒステリックな声が響いた。それでも、京子は動かない。もちろん、私は動けない。
「貴方、私が誰だか知っていてこのドアを開けないんでしょ。だったら、私の用件も分かるわよね。開けないと、このまま喋りつづけるわよ、いいの?」
「・・・っ」
京子の顔色が一気に青ざめる。
「私、本気よ」
「・・・今、開けます」
「よろしい」
私は廊下に突っ立ったまま、震える手でドアを開けようとする京子の背中をただ見つめていた。
「世良くん、お願いがあるの。螢をつれて外に遊びに行ってくれるかな」
「京子さん・・・」
ガチャリ
ドアは開いた。外に立っていたのは、あのドアの叩き方からは想像ができないほど華奢で上品そうな人だった。
「まあ、なかなかドアが開かないと思っていたらそういう事でしたの。若い男を連れ込んでまあ」
「違います。この人と私は、何の関係もありません。世良くんは螢のお友達です」
「まあ、そうなの」
侵入者は、私の顔をちらりと見た。
「まあ、いいでしょう。別に、この子が貴方のなんであろうと私には関係ないんですからね」
「・・・・・。螢、世良くんとお外で遊んでおいで」
「お母さん?」
「世良くん。螢のことお願い」
「・・・・・・・」
「お願い」
京子は縋り付くような目で私を見た。こんな表情をされたら、断れるわけがない。
「・・・・はい。螢、おいで」
私は、螢に向かって手を差し出した。螢は、私と京子の顔を交互に見てから、差し出された手を握った。子供ながらに、何か緊迫した状況を悟ったようだ。
「うん。じゃあ、遊んでくるね、お母さん」
「いってらっしゃい」
「いってきます」
私達が外に出たとたんドアは勢い良く閉じた。
ただ、ドアが閉まる音と共に侵入者の自己紹介が微かに聞こえた。
『私、章吾の妻の沙紀(さき)と申します』と。