仕事に集中できなかった。
 しかたがなく、今日来てくれたお客様に謝って日を改めさせてもらい、店を閉じた。
 心臓がバクバクいっているのがわかる。
 恐い、とても恐い・・・。
「あら兄さん、今日は店じまい? 早いのね」
「わかってるだろ。私たちが記憶を探るのは集中力がいる。とてもじゃないが、今日は仕事ができそうにない」
「まあね。兄さん昔っから精神コントロールが下手だものね。でも、だからこそときおり思いがけない力を発生させれるのね」
「・・・・」
「まさか私の記憶も書き換えられるなんて思わなかったもの。京子さんのおかげで、記憶が戻ったけど。兄さんの力って恐いわ」
 綺羅はクスクスと楽しそうに笑う。
「私はお前の方が恐いよ。私の力は不安定だが、お前の力は常に安定している」
「でも、それって兄さんの力が強すぎて上手くあしらえないだけよ。それが上手く操れるようになれば、恐いわよ」
「強くなくていい。あの時だって、いつも以上の力が出せなければ、京子はあんな事には・・・」
「もっと強い力があれば、ねじ伏せられた。今貴方の隣に京子さんが居たかもしれない。そう思っている自分もいるくせに」
「そんなこと・・・・」
「別に否定してもいいわよ。いくら口で否定しても、心は正直。だって、ここに今こうしているのが私じゃなくて京子さんなら嬉しいと思うでしょうでしょう?」
「それは、私はまだ京子のことが好きだから当たり前のことだ。でも、あの時のことは本当に悪かたって思っているんだ。あんな事は許される事じゃない。自分の欲望のままに皆の記憶を弄るなんてこと・・・・」
「じゃあ、螢くんの記憶を戻してあげたら?」
「それは駄目だ。螢にあんな事思い出させるわけないじゃないか」
「卑怯ね、兄さん。それってつまりはあのことの責任から逃げているって事でしょ。京子さんの記憶を抜いて、すべて無くしてしまいたんでしょ? 自分の罪をね」
「違う。私は、罪を償おうと・・・・」
「だったら、戻すべきだわ」
「でも、戻したら螢は・・・」
「そうねぇ、自分の母親が狂って自殺するのを目の当たりにしたら、精神がいかれてしまうかもね。でも、それが貴方のしたことの結果でしょ」
「・・・・・」
「貴方は、本当に弱いわね」
「・・・・・」
「そして、馬鹿ね」
「・・・もう、ほっといてくれ。お前は、私の何が気に入ったんだ」
「だって、馬鹿な子ほど可愛いって言うし、私は脆くて弱い方が好きなの。それに、やっぱり同じ能力を持っているから。この能力を持っているから生まれる悩みは、兄さんしか理解できないもの」
「私は、お前の事なんか理解できない」
「今はね」
「私は、お前が一番理解できなくて恐い」
「あら、それは光栄ね。恐いって感情は好きに変わりやすいもの。ほら、良く言うでしょ、恐くてドキドキするの恋愛のドキドキは似てるって。そのせいかしらね」
「なんども言うけど、私はお前の事は妹としか見れない」
「兄さん。人の心って言うものはね、不変なんかじゃないの。永遠なんてないわ、心にわね。ただ、人の命には限るがある。心が変わるよりも早く寿命になったらそれが永遠と言われているだけ」
「でも、京子の心は変わらなかった」
「だから、さっき言ったでしょ。貴方が京子さんを自殺に追いやってしまったから、永遠になったのよ。もしかしたら、京子さんは貴方のことを好きになったかもしれなかったのにね」
「・・・・。お前は、好きな人の記憶をいじって自分ものにしたいって思わないのか?」
「兄さんの記憶を弄ろうと思ったことはあるわよ。でも、失敗するってわかってるし。成功しても、嫌だもの。私、本物以外はいらない」
「その人にとっては、その記憶が本物だと思っているだろ」
「でも、私は知ってるもの。それに、好きな人の記憶弄りは絶対に失敗するものなの。あの時、京子さんに関係する人の記憶を全て弄ることに成功したけど。京子さんだけ少し失敗したわけわかる?」
「私の力が弱かったから・・・」
「違うわよ。いくら力が強くても、好きな人の記憶弄りは失敗するものよ」
「えっ、なんで」
「答えは教えてあげない。自分で考えたら? さてと、喋ってたら喉が乾いてきたわ。飲み物もらうわね、兄さん」
 綺羅は言いたいことを言えて満足したようで、歌を口ずさみながら台所へと歩いていった。
 まだ、心臓がバクバクいっている。
 綺羅が恐い。何でも見透かしているようなすんだ目が、あのことを思い出させる台詞が恐い。
 綺羅が言っている事が真実なんだって事はわかっている。
 でも私は、偽りの幸せでもいいと思ってしまうんだ。

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