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目に入る風景がぐるぐると回転している。これでは、今自分がどこにいるのかもわからない。
時計のカチカチと言う音が耳に響く。やけに一秒が長く感じる。このままでは、螢が帰ってくるまでに老衰してしまいそうだ。
私は、今どこにいるのだろうか? 今は何時だ?
不意に、ぴしゃりと音と共に冷たいタオルが顔面に降って来た。
「馬鹿じゃない。パニックになっても、何も得られないわよ」
「・・・・」
濡れたタオルを摘み上げ、私は声の主を見上げた。意外にも、とても悲しそうな表情だった。
「本当に、京子さんのことになると冷静さが失われるのね」
「綺羅・・・」
「死んだ両親に今の貴方を見せてあげたいわね。父さんと母さんが死んだ時だって、あんなに冷静だったじゃない。そんなに京子さんが大切なわけ? いえ、愚問ね。わすれて。決まりきった事を聞いても仕方ないわね」
「父さんと母さんが死んだ時はショックだったよ。あの時の私は冷静じゃなくて、頭の中が真っ白だったんだ」
「私への言い訳はいいわ。それに、どういう事情があったにせよ、貴方が私を切り捨てたのは事実だし」
「お前が怖かったんだよ」
「私の記憶を弄って、私との関係を切って、酷いと思わないの? 挙句の果てに、妹としか見れないですって? 自分から兄妹の関係を切っておいて言う台詞?」
「お前もさっき言っただろう。いくらお前の記憶を弄っても、お前は私の妹なんだよ。私は覚えて・・」
綺羅が物凄い形相で、私の襟首を掴んだ。
「どの面下げてその台詞を言うつもり? 記憶を弄らなくても、私にとって貴方は兄じゃないわ。生物学上は兄だけど、精神的には違う。貴方と私は家族でなかったのよ」
「お前がなんと言おうとも、私とお前は家族だ。私は、お前が妹だから怖いのだよ」
「じゃあ聞くけど、今日私がここに来て兄らしい台詞を言ったことがある? 私の今の暮らしを聞いたりした?」
「今お前が生きている、それ以外に何か情報が必要か?」
「生きていれば良いわけ?」
「そういうわけじゃない。今は遠い親戚の人が面倒見てくれているんだろ。私はその人達を信用しているだけだよ。それに、さっきも言っただろう。私はお前が妹だから遠ざけたのだよ」
私は、綺羅の脳に向けて手を伸ばした。
「私が貴方と同じ能力を持っているから遠ざけたと言いたいの?」
綺羅は、私の手から逃げずに手を絡めてきた。
「お前は、強い。お前の瞳は私を苛むのだよ。私にとって、お前は築き上げてきたものを壊す破壊神だ。お前が正しいことを言っていることはわかる。だけどね、私にとっての真実はお前にとっての嘘なのだよ」
「でも、貴方は嘘だと気がついているのでしょう」
「でも、私の周りの人にとってはそれが真実だ。だから、それを壊せるお前から逃げるのだよ」
「兄さん、それって悲しくないの?」
「悲しいよ。でも、真実の方がもっと悲しい。もし、螢に真実を告げて螢に母親殺しと罵られたらとてもじゃないが生きていけない。京子によく似た瞳で睨まれて、罵倒されたらそれだけであの世行きだよ」
「貴方がどれほど京子さんを愛していたかは知ってるわよ。京子さんが死んだ時に後追い自殺をしなかったのは、螢がいたからってことも知ってるわ。だけど、必ず歪みがでるわよ。京子さんの時のように、終わりが来るわよ」
「じゃあ、その時が私の寿命だよ」
私は、微笑んだ。
「・・・・ゆるさない。そんなことは、私が許さないわ」
「別に、お前の許しはいらないだろ」
「人の記憶を弄ってまでも、人の思い出を壊してまでも手に入れようとしたことを、あっさり諦めるなんて許さないわ。螢に罵られても、言い訳しなさい。謝りなさい。もがきなさい。貴方の母親をどれだけ愛したかを伝えなさいよ。それくらいしなさいよ!! 貴方は、弄られて壊された思い出を私が再び手に入れる為にした努力がわからない? 私がどれだけ苦悩して真実を見つけたと思うの? なのに、元凶である貴方が唯一真実を知っていたはずの貴方が真実を否定するのは許せない。失うことを恐れて絶望しても意味がないでしょ。前回失敗した方法とは別の方法で手に入れる為に努力しなさいよ。閉じ込めた真実を開放しなさい。其れくらいの努力をしなさい。其れくらいの根性は見せなさいよ。そうしないと、貴方に真の幸せはこないわ」
勝気な瞳に、涙が溢れだした。
「!」
「腹立たしいのよ。貴方が見せるふとした瞬間の泣き出しそうな表情が耐えられないのよ。そして、現状から脱出しようとする努力をしない貴方がもどかしい。このままでは、この生活は長くないわよ」
「綺羅・・・・・」
「誤解しないでよ。私は貴方の為に忠告しに来たんじゃないわ。私が貴方の側にいる為には、同じ真実が必要なのよ。貴方が、私と同じ時を生きていてくれないといけないからよ」
「・・・ありがとう」
「だから、なんでお礼を言うのよ」
「私のことを思って忠告してくれていることには変わりないよ。そうだね。私は、京子を発狂させた罪だけでなく、皆の思い出を壊したという罪もあるんだな。私は、本当に愚かだね」
「兄さん?」
「結局逃げていたんだ。お前からはもちろんのこと、螢を含むみんなからもね。こんな能力が無ければ、もっと早く気が付いていたかもしれないな。偽りを作り出す能力が無ければ、京子に振り向いてくれなかった時に自分の愚かさに気が付いていたはずなのに」
「でも、螢がある程度分別が付く歳まで母親の死を隠すことは有効だったと思うわ」
「・・・・」
「でも、ずっと隠しておくのはいけないわ。ねえ兄さん。私が京子さんの記憶を消してあげると言ったらどうする?」
「辞退するよ」
「螢くんも同じよ」
「・・・本当にお前はよくできた妹だよ」
「妹じゃなくて女と言って欲しいわ」
「其れだけが、玉に傷だな」
「好きなんだから、しょうがないでしょ」
「私も、京子を愛しているんだ」
「そんなのわかってるわよ」
「螢も京子を愛していたんだよな・・・。綺羅、一つだけ約束してくれないか。螢ができるだけ傷つかないように話してくれ」
「嫌よ。私は記憶を元に戻すだけ。後のフォローは兄さんの役目。償いたいんでしょう、罪を」
「・・・そうだな」
あと数時間で螢がここに来る。
私したことを知ったら何て言うだろうか?
愛していたと言っても、許されることじゃないことはわかる。
でもやはり、愛しているという言葉しか私の頭には浮かばない。
螢、私はお前の母を愛しているんだ・・・・。