プロローグ
ある星のある国の話。その星は、日本のの戦国時代の様であった。そして、その地の人々の間にはある伝説が広まっていた。
その噂の内容は、『宝がこの星のどこかに埋まっている。そして、その宝の在処は三人の人間が握っている。その三人にはそれぞれ背中に宝を示す地図があり、それを合成すると完全な宝の地図となるであろう。その三人は同じ時代に生まれ、互いにひかれあう。その三人を見つけ、その者達を手に入れし者はこの国の覇王となる』というものであった。
そして今、宝の在処を示す者がある国に集結していた。
第一章 宝の在処を印す者
兄上、行かないで。
私を置いて行かないで。
兄上ぇー!
「姫、姫、双葉(フタバ)姫!」
聞きなれた声が、私を悪夢の世界から引きずり出す。この声は、薫(カオル)か・・・。
「姫、昨晩がよく眠れなかったからって、こんな所で眠りこむと良い夢を見れませんよ」
薄く開けた瞳に、薫の顔が映る。薫の短くて細い髪が太陽に透けて、ますます茶色に見える。丁度後光が射しているみたいで、なんか綺麗な聖人みたい。私がぼおっとして動かなかったので、薫はどこから持ってきたのかわからない女物の着物を私に掛ける。私は、それを払い退けて立ち上がる。
「必要ない。もう目が覚めた。して、そなたは何の用じゃ?」
私は薫を見上げて問う。
薫は微笑みながら答える。
「昨夜、これをお忘れになったでしょう」
薫は、すっと、懐から私の扇を取り出す。私は、自分の顔の温度が一気に上昇するのがわかった。
「はよう返せ」
右手を薫へと伸ばす。
「どうぞ、姫」
薫は恭しく扇を差し出すが、私はそれをひったくる。
「姫、なんか荒れていますね・・・。又、殿の事ですか?」
私はぷいっとそっぽを向く。肯定しているようなものだ。
「昨日、兄上は二人二人目の側室を娶ったそうじゃな」
「嫉妬ですか。駄目ですよ、貴方は殿の妹です。しかし、あんな仮面野郎のどこがいいんですか? 噂によると、初夜の日でも仮面を取らなかったとか・・・。実の妹である双葉姫でさえも、殿の顔は知らないでしょう?」
私はカッとなって薫に向けて扇を投げつけるが、見事にキャッチされる。そのせいで、益々私の機嫌が悪くなったことは言うまでもない。私は薫をにらみつけた。
「兄上を愚弄するな、私がゆるさんぞ!」
「貴方だけでなく、正室殿も側室殿も、どうして皆さんはあんなにも殿を愛しているんでしょうね。あの方に・・・」
私がにらんでいることなど気にせずに、ふふっと薫は笑う。
「知らぬ。でも、そなたも兄上に惹かれているからこそ、兄上の忍びをやっているのであろう?」
「まあ、多少は。でも、どっちかって言うと、郁(イク)殿の方に惹かれるね」
私はいぶかしげな顔をする。
「郁殿? 兄上の影武者の事か?」
「ええそうです。貴方の最愛なる兄上と同じ声を持つ、貴方の最大のライバルの」
又、ふふっと薫は笑う。
「つまり、そなたはコレに興味があるのだろう」
私は、箱の中から一枚の紙を取りどす。その紙には、郁殿の水浴びの絵が描かれている。そして、その背中には、地図らしき代物が描かれていた。
「ほぉ、最近町を騒がしている絵をお持ちでしたか。さすが、もう一人の宝の在処を印す者ですね」
薫は私の方をじっと見つめる。私も、薫の目を見つめ返す。
「そなた、私に会いに来るのも宝が目当てであろう? この背中の絵がほしいのであろうが」
「最初はね。でも、貴方自身の方に惹かれるよ、今は。双葉姫、もし私が宝を手に入れたら、我が妻になってくれますか?」
薫の顔が近づく。
「そうだな、その宝を兄上に献上するというのなら、考えてやっても良いぞ」
私はにっと笑う。薫は呆れ果てた表情で、私の台詞を受け取る。
「本当に、ブラコンですね・・・。でも、もし宝がみつかれば、宝を狙うも者から逃げる為に、そして隠れる為のこのみすぼらしい屋敷から逃げ出せる。そして、正式にこの国の殿の妹として美しく着飾り、豪華な部屋で優雅に暮らすんでしょうね」
少しだけ、薫の顔が曇ったように見えたのは、私の気のせいだろうか?
「優雅にか・・・。私には、今の暮らしも結構楽しいのだがな。一応、付き人が二人いて世話してくれるし、たまに宝を狙う奴が攻めてきて、退屈しないし。それに、お前も城の情報をもって来てくれるしな。で、今回は城で何が起きたのじゃ? まさか、本当に扇を返しに来ただけではあるまい」
「やだなぁ、姫。たとえ情報が無くても会いに来ますよ。でも、残念な事に今回は情報付きですけどね」
「して、その情報とは?」
「今度来た側室は、宝の在処を印す者の内の一人です。名は春野(ハルノ)」
「何っ!!」
私は驚いて声のボリュームが上がった。薫はぐっと私に近づいて、低く小さい声で話す。
「しっ・・。誰が聞いているのかわからないんですから、あまり大きな声は出さないように」
「わっわかった」
「つまり、殿は宝の在処を印す者を三人。いや、全てがそろったのです。噂の通りに、互いに惹かれあい・・・。でも姫、今度の側室には気をつけてください。あの人は、宝を狙っているような気がする。おそらく、そろそろここにも訪ねてくると思いますが、絶対に背中を見せてはいけません。貴方が背中を見せるのは、俺と殿で十分です」
「わかった。これからは、兄上だけに見せるとしよう」
「・・・。つれないですね。そんな事を言うのなら、もうこの扇は返しません。もし返して欲しいのならば、今宵は俺の屋敷で。待ってますよ・・・」
扇は、鮮やかに素早く私の手から消え去った。そして、薫自身も高い塀を軽やかに越え、去って行った。
「・・・。しかたない、またアイツの所に行かなければならぬのか・・・。まあ、それもまた一興か・・・」
知らず知らずの間に、私の唇は微笑んでいた。
城の中で最も美しく広い部屋、つまり兄上の部屋。今宵は、二人の人影が見える。
「殿、なぜこの仮面を取ってくださらないのですか? 私、貴方の全てを知りたいの」
二人目の側室春野殿は、昨日夫となった人の仮面に触れる。しかし、そのとたん手を払われる。
春野殿は驚いた顔をして、兄上を見上げる。
「私の全てなど、知る必要はない。そなたは私の子を産み、その子を愛せば良い。そうすれば、私はそなたを大切にする。私の仮面に触れるのは、郁だけだ。今後、一切仮面には触れるな、これだけは絶対に守ってくれ」
仮面のせいで、どんな表情で言っているのかはわからない。でも、声からしてご機嫌ではないようだ。
「承知いたしました。でもそのかわりに、貴方の仮面に触れる郁殿に会わせていただけません? いいでしょう、これくらいは」
哀願するような目で、兄上に訴える。
「・・・よかろう。郁、出て来い」
春野殿の視線から避けるように、兄上の視線は後ろの襖に行った。
「はっ」
すぐさま、兄上の座っていた後ろの襖が開き、長い髪の美しい青年が出てきた。
「こいつが郁だ」
兄上は、郁殿に挨拶するように指示する。
「郁と申しまする。殿の影武者を勤めさせてもらっております」
郁殿は兄上と同じ声を発し、恭しく頭をさげるが、心なしか春野殿を見つめる瞳が険しい。
「春野といいます。貴方と同じ宝の在処を印す者です。これで、我が殿は宝の在処を印す者を全て手に入れたのですね。もう、宝は殿の物。明日にでも、宝を探しに行きましょうよ、殿」
春野殿の瞳は輝く。
「いや、まだ探すことはできない。郁と双葉とそなたの背中を見て地図を合成したが、この国ではなかった。ある国の地図だった」
「どこの国でしたの?」
春野殿の瞳に輝きが増す。しかし、肝心な兄上の方はというと、あまり興味がないような様子だ。
「今はまだ言えぬ。・・・なんか疲れたな。郁、いつもの部屋に寝床を」
「かしこまりました」
兄上と郁殿は、そろって部屋を去る。春野殿の瞳には、怒りの色がにじみ出ていた。
「ちぃっ、絶対に宝を手に入れてみせるわ。どこの国だってかまわない、場所さえわかればどこにでも行ってやるわ。ふふっ」
広い部屋の中で、春野殿は妖艶な微笑みを浮かべていた。
「殿、支度が終わりました。どうぞ、ごゆっくりとお休みください」
郁殿は部屋を立ち去ろうとする。
「郁、そなたは宝を手に入れたらどうする?」
兄上は、穏やかな声で聞く。
「殿に宝を渡して、私はどこかへ消えます。確か、前にも言いましたが・・」
郁殿は微笑んで、静かに兄上の隣に腰を下ろす。
「なぜ、毎回毎回消えると言うのだ? 私が傍に居て欲しいと言ってもか?」
「そんな事を言わないで下さい。私の決心が鈍ります。でも、しかたがないではありませんか・・。私は、貴方が宝を手にすれば役目は終わる。つまり、必要がなくなる」
郁殿は、悲しそうな困った顔をする。
「私にとって、そなたは永遠に必要だ。宝を得た後でも、それはかわらない」
兄上は自分の仮面に触れ、静かにそれを外す。
そして、兄上の視線は真っ直ぐに郁殿に注がれた。
「殿は、宝を手に入れれば素顔を人々に見せられるようになります。その御顔を人々に見せる時、私の存在は色々な障害を引き起こすでしょう。ですから、私は居てはならないのです。では、・・」
郁殿は立ち去ろうとするが、兄上の腕によってそれを阻まれる。
「殿?」
「仮面を取った時は、剣(ツルギ)と呼べと言ったであろう。それに、私はこの仮面を付けたままで生涯を終えてもよい。そなたが傍にいてくれるのならば・・・」
郁殿は兄上によって強引に引き寄せられる。
「いけません。剣様の御顔については、さまざまな噂がたっております。悪い噂もたっておりますゆえ、それが嘘だと証明せねばなりませぬ。どうか、この私の事を気遣うのはやめてください」
「だまれっ! そんなことなら、宝などいらん。このままで、このままでよい」
兄上は郁殿の胸に顔を埋める。郁殿は、兄上の美しい髪を手ですきながら話す。
「そういうわけにはまいりません。わかっているでしょう、剣様。貴方様の妹君が、どんな生活をしているのか・・・」
「わかっている、わかっているさ。でも・・・。郁、今宵は傍に居てくれないか?」
郁殿は、すっと目を閉じてつぶやく。
「貴方様の望むままに・・・」
それぞれの思いを心に秘めて、夜が更けていく。
清清しい朝、私は欠伸しながら、自分の家の汚い門をくぐる。
「姫様! また、朝帰りですか! 今日は春野様がいらっしゃるんですぞ!」
「あいつと話していたら、いつの間にか夜が更けていてな。夜道は乙女にとって危なかろう? 春野殿が来るのは昼過ぎだし、かまわないではないか」
「姫様、殿方と二人っきりで夜を過ごす方がもっと危ないです」
「沙乃、私はもう十七よ」
「姫様、まさか・・・」
「沙乃、一番良い着物を出して、着替えるわ」
「・・・。かしこまりました」
私は、昨日の薫の言葉を思い出す。春野殿が宝を狙っている事、それに宝がこの国にない事。薫のなんとも言えない好い声で囁かれると、その言葉はなかなか消えない。『姫、くれぐれも気を付けてください。何かあったらすぐ参りますゆえ、俺を信じてください』何度も何度も頭の中を駆け巡り、そして、いつの間にかその言葉を信じてみようという気になっていた。
「姫様、これなんかどうでしょうか?」
沙乃は注文通りの品を持って来た。
「うむ、それで良い」
私は帯を解き、自分が着ている着物を脱ごうとする。その時、急に門の辺りが騒がしくなった。
「お待ちください! 春野様っ!!」
障子の向こうから、私のもう一人の付き人の声がする。
バシンッ
凄い音を立てて障子が開く。私は、急いで着物の帯を適当に結ぶ。
「あら残念。着替えの最中に来たら、貴方の背中が見れると思ったのに。ちょっと遅かったかしら?」
春野殿は、私に艶やかな微笑みを向ける。
「私の背中を見たいとは、これは奇妙なことをおっしゃる。お主、女色の気でもあるのか?」
私も春野殿に対抗して微笑む。
「うふふっ。もしそうだったら、ちゃーんと夜に遊びに来るわよ。でも、ごめんなさいね。私は貴方の体に興味があるのではなくて、貴方の背中の模様に興味があるのよ。貴方だってわかっているでしょう」
春野殿は、一歩、私に近づく。
「宝を手に入れる為に、兄上に近づいたんでしょ。でも、昨日は散々だったわね。宝の在処は教えてくれないし、初夜の日に伽を郁殿に取られるし。まあ、貴方には似合っているけど、そういう生活も」
私はニッと笑う。春野殿の表情が、一気に怒りに色に染まった。
「お前、なぜその事をっ!!」
「私は、千里眼と地獄耳を持っているゆえ」
「黙れ! そなた背中の地図さえ手に入れば、そなたの命は無くてもいいのじゃ!」
春野殿は小刀を帯から取り出して、私の首筋に当てる。ついさっきの艶やかな微笑みは跡形も無く消え、阿修羅のような形相だった。殺される・・・。とっさにそう思った。
「馬鹿じゃないか、あんた。宝の在処を印す者が死んだら、背中の地図は消えるんだよ」
・・薫の声・・・。来てくれたのか・・・。
「何者だ!」
「薫と申します。双葉姫を愛している忍者です。以後宜しくお願いします、春野殿」
薫はさりげなく刀を抜く。そして、低い声でつぶやく。
「双葉姫を離さないと、死なない程度に痛めつけますよ」
春野殿は、私に当てていた小刀を引っ込める。それと同時に、薫も刀をしまう。
「仕方ない、今回はここで退散しよう。思わぬ伏兵も居たことだし。でもいつかきっと、私は宝を手に入れてみせる。じゃあ、今度は三時間後に来るわ。今度は正式に貴方の兄上の側室として、殿と一緒にね。でも、その時にこの事を言ったら、貴方と薫の関係をばらしてやるから。嫌でしょう? だ・か・ら、お互いに秘密にしましょうね」
艶やかな微笑みが復活する。
「薫と私の関係? 何のことだかよくわからないが・・」
「ふふっ、とぼけても無駄よ。貴方の体から、薫と同じ香りがするわ。それに、私の昨日の失態の情報は、深夜以降にしか得られないはず。薫は忍者でしょう。なら、情報収集は得意よねぇ。ふふっ、貴方達が昨晩一緒に居たことは、すぐに想像がつくわ。貴方の情報は、今朝薫を通じて得たものでしょう? 違うかしら、ふ・た・ば・ひ・め」
「・・・」
こいつ、結構鋭い・・・。
「じゃあ、くれぐれも秘密を破らないでね」
ひらりと身を翻して、春野殿は塀の向こうに消えた。
「姫、すみません。春野殿があそこまで、頭が切れるとは・・・」
薫が頭を下げる。
「別によい。しかし、恐ろしい女だ。兄上が、あの女に飲み込まれないといいのだが・・・」
私は城のある方向を見て、兄上を気遣う。
「また、兄上ですか・・・。でも、とりあえず着物をちゃんと着た方がいいですよ。まあ、その格好も色っぽくて好きですけど」
「なっ」
今の自分の格好を見て、私の顔は赤くなる。帯の結び方はぐちゃぐちゃ、しかも前がはだけている・・・、恥ずかしい・・・。
「しかし、双葉姫も粋な事しますね。わざと扇を忘れるなんて。俺に助けを求めるなら、口でちゃんと言えばいいのに」
私は薫に背を向けて、着物を正しながらぽそっと言う。
「お前なら、それでわかると思った」
「・・・。信じられているんですね、俺。やっぱり姫は可愛いなあ。また、この扇を持って帰りたくなりました。そうしたら、また会えますよね」
薫は、私の扇を腕に抱えたまま、私から遠退く。
「ちょっと、扇を返せっ。それは兄上からの贈り物なのじゃ!」
「また、来てくださいね」
「わっ馬鹿っ、もう行かぬぞ!!」
薫がやさしく微笑む。
「待っています」
「何を言って・・」
「ふふっ、怒った貴方も素敵ですよ。じゃあ・・」
薫は私の扇を懐へ入れ、サッと目の前から消え去った。
「ぶぁーか野郎!」
私は、沙乃が隣の部屋で控えていたことを忘れて思いっきり怒鳴った。後で、お説教されたのは言うまでも無い。薫と話すと、どうも向こうのペースに乗せられる。気を付けなければ。
そして、完璧に着替えを済ませた私は三時間後に春野殿と会い、お互いに初対面として、たわいも無い話しばかりをした。