四章(仮面の中身)
次の日、昨日の戦が嘘のように静かだった。そう、今日は郁殿の葬式なのだ。私も当然駆けつけた。
広間の真中に綺麗な箱が置かれている。その中に郁殿は寝かされていた。綺麗に着飾ってあって、本当に綺麗だった。そして生きているみたいだった。
実を言うと、私は郁殿が死んだなんて信じていなかった。兄上の策戦か何かだと思っていた。ここに来て、その死体を目にするまでは・・・。
「殿は居ないの?」
私は私が殿の妹と知っている重臣に声をかけた。
「昨日の戦で体力を極度に消耗しましたからな、疲れているんでしょう。しかし、昨日の殿の戦いぶりは素晴らしかった! 敵をばったばったと殺していって、あっという間に形勢逆転。本当に恐ろしく強かった」
「そう・・・」
きっと郁殿を失った悲しみを戦にぶつけたんだわ。
郁殿の棺桶を離れようとした時、兄上の正室の雪乃殿と側室の春野殿・華南殿の三人と目が会った。この三人はもちろん私のことを知っている。
まず、正室の雪乃殿が私に話しかける。
「双葉殿、お久しぶりです」
次に華南殿。
「双葉姫、お久しぶりです」
最後に春野殿。
「くすっ。ふ・た・ば・ひ・め・久ぶりですわね♪」
春野殿は、意味ありげな微笑みをこちらに送ってくる。
「皆様方、お久しぶりです。兄上がお世話になっております」
私はお辞儀する。
「双葉姫知ってる? 郁殿って仲間に殺されたらしいわよ」
春野殿だけが、すっと私のそばに来て囁く。
「裏切られたってことでしょうか?」
私は顔をしかめて春野殿の方を見る。
「そうよ。背中から毒矢に射られたのよ。自業自得ね、私を侮辱したんですもの。ふふっ」
春野殿は、微笑む。
「何処からその情報を?」
「ふふっ、内緒♪」
春野殿は笑顔のまま、ひらりと方向転換して雪乃殿達の方に行った。
「私を侮辱したからか・・・。まさか・・・」
まさか、春野殿が郁殿を殺したって言うんじゃあ・・・。でも、ありえないことじゃない。
私はしばらくその事を考えていたが、すぐに別の方に意識が飛んだ。
急にあたりがざわついてきた。たぶん、兄上が来るのであろう。
予想どうり、兄上が障子を開けて登場した。兄上の顔には相変わらず仮面がついている。
兄上は郁殿のところに真っ直ぐ行く。そして、何を思ったのか仮面を付けるための紐の結び目を解き始めた。辺りはますますざわついた。
結び目を解き終わった。でも、まだ仮面がはずれないように手で支えている。
「これから私は今まで秘密にしてきた事を皆に伝えたいと思う。もう、隠すのは嫌になった。皆、ちゃんと聞いてくれ」
兄上はそう言い終えると同時に仮面を外す。兄上の素顔が露になる。
戦に行かなかった人々から一斉に驚きの声をあげる。私も例外ではなかった。
兄上の顔、まず目に付くのが左の頬から目の下への惨い傷。そのせいで、左目は使用不可能になっている。右目のほうは無傷だったが、その瞳は郁殿にそっくり。いや、瞳だけではない。鼻、口、輪郭、眉毛、どれをとっても郁殿とそっくりだった。
皆が少し落ち着いた頃、兄上はゆっくりと口を動かし始めた。
「話は、私の年がまだ一桁だった頃の話からはじまる。どこから情報を手に入れたのか知らないが、私の背中に宝の地図が印されていることがばれた。そして、襲われた」
再び、あたりがざわめく。しかし、そのまま兄上は話し続ける。
「その結果、私はこの左眼を失った。私を襲った人は、その場で殺された。名前はなんて言ったっけな。春野殿、教えてくれぬか?」
皆の目が一斉に側室の春野殿の方に行く。春野殿はにっこり笑って、
「おほほ、お戯れを。私がどうして知っているんです?」
顔では笑っていたが、手を思いっきり握り締めている。何かある・・・。
兄上はしばらく春野殿を見つめていた。
「そうか・・、ならよい。さて、さっきの話の続きだが、私の世話役がこのままではいけないと思い、町から私にそっくりの子供を探し出した。それがこの郁だ。郁の役割は、宝を手に入れるまで私の代わりに宝の在処を印す者となることだった。その為にあえてあの絵を町に流した。そして私は、この傷と顔を隠す為に仮面を付けた」
兄上は一息つく。その代わりに、兄上の正室が口を開いた。
「なぜ、その傷を隠すのですか? それと、なぜ自分の同じ顔の人を選んだのですか?」
正室の雪乃殿は、じっと兄上の顔を見つめる。兄上は、その雪乃殿を見つめかえして。
「この傷が付けられた理由を問われたくなかったから隠した。上手くごまかせるとはかぎらないからな。郁を身代わりに選んだ理由は、宝を狙うやつらが私の似顔絵を持っていたからだ。ただそれだけだった」
「そうですか・・」
兄上は話し終えると棺桶の方に歩いていった。そして棺桶の中の覗き込み、郁殿の頬に触れる。
郁殿を見つめる兄上の目はすごく優しかった。私を見つめる時とは比べものになら無いほど・・。
「郁、そなたには迷惑ばかりかけた。許してくれ・・・。そなたと出会えて、心から嬉しく思うぞ」
兄上はそのまま郁殿に口づけをする。
「・・・さようなら、郁」
兄上の頬に涙の筋ができる。
「郁よ、なぜ死んだ・・・」
兄上は周りを気にせず泣いた。声は出さなかったが、ただずっと涙を流していた。
そして私達は、静かにその光景を見守っていた。
その次の夜、久しぶりに薫が一人で私の屋敷にやってきた。
「双葉姫、久しぶりです」
薫はいつもの笑顔で私に微笑む。
「今日は兄上は居らぬのか、つまらんな。で、何のようだ?」
「相変わらずつれない御方。せっかく郁殿を殺した人の情報を持って来たのに・・・」
薫はちゃらけて、すねた声を出す。
こういう時、本当にこいつが忍者として優秀なのかと疑ってしまう。
でもまあ、兄上が雇っているのだから腕は確かなのだろうけど。
「もしかして、春野殿が絡んでいるとか?」
「ほお、なんでそう思うのかな?」
相変わらずちゃらけた口調。私はしかたなく今日の出来事を薫に詳しく説明した。
「自業自得か・・・。確かに怪しいな。で、俺も春野殿について調べてきたんだ。知りたい?」
「知りたい」
私はきっぱりと答える。
「やっぱりね。じゃあ教えますよ。まず、春野殿は豪商の家に生まれた。とても裕福だった。でも、もっと金持ちになりたいと父親は思っていたらしい。で、これはあくまでも噂なのだが、殿の命を狙ったというのは春野殿の父親かもしれない。春野殿の父親は殿が襲われた日を境に行方不明になっている」
「その噂を信じれば、春野殿はやはり宝を狙って兄上に近づいたってことになるな。とすると、兄上は今とてもヤバイ状況にあるのでは? 宝の在処を印す者が集まり、じゃまな郁殿を殺した今、春野殿にとって絶好のチャンスだということに・・・」
私達の間に沈黙が流れる。
「俺ちょっと城に戻ってみる。とは言っても、ここからじゃあ着くのは明け方か・・・」
薫は外の月を見上げる。
「私も連れていって!!」
私は薫の着物をつかんで哀願するような目で見つめる。
「双葉姫・・・」
「お願いじゃ、薫・・」
薫は私をじっと見つめる。
そして、大きなため息を一つついて
「かなわないなあ。じゃあ、接吻一回ね」
と言ってウインクをした。
なんか、一気にシリアスモードからおちゃらけモードに変わった気がする・・。
「なっ何を言っているのじゃ。冗談もほどほどにせっ・・・」
って、なんでここで急に真顔になるんだ薫。
なんか、急に恥ずかしくなってきた。
私は頬を微妙に赤らめながらも、真顔でこちらを見てくる薫を見つめ返す。
「当然の権利だと思いますよ。俺は姫の願いを叶えるんですから。だから、オレの願いもね。でも、俺らが行ってもどうにもならないかもしれないですよ」
「それでも、何もしないなんて耐えられない」
「・・・さようですか。では、行きますよ。できるだけ頑張って俺に付いて来てくださいね。一応、貴方がが付いて来れる速さで行くつもりですけど、接吻が懸かっていますので。あと、どうしても歩けなくなったら負ぶってあげますし」
そういい終わったとたん、薫の姿は闇に包まれた。
私も薫の後を追って走り出す。
月はまだ高い位置にある。どうか今晩は何もありませんように・・。
兄上、どうかご無事で・・・