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六章(胸騒ぎ)
暇を持て余して私が庭の草むしりをしていた時に、裏の藪の中から薫が現れた。
いつもと違い肩で大きく息をしていて、辛そうな様子だった。
「薫! どうしたのじゃ!」
私は薫に駆け寄る。薫は私に向かって倒れこんだ。
薫に触れた左手にぬるっとした感触、血?
「薫、どこか怪我をしておるのか? 誰に襲われたのじゃ?」
「姫、お気を付けて・・・。あの女は恐ろしい・・・」
苦しそうに顔を歪めた薫が、私の着物をつかんで訴える。
「薫、私の問いの答えになっておらぬぞ。あの女とは、春野殿のことか?」
薫はコクリと肯く。
「で、兄上はどうだったのじゃ?」
「殿は・・・」
ずしっと薫の体重が私の腕に掛かる。
「無理はするな、薫。お前がこんな風になってまでも私の元に来るのは、兄上に何かあったのじゃな」
微かに首が縦に動く。しかし、それを最後に薫は意識を失ってしまった。
「一体何が・・・」
とても、胸騒ぎがする・・・。
城の隅にある一室。人が近づいてくる音が、部屋中にやけに響く。
部屋の隅で横になっていた男は意識を取り戻し、ゆっくりと瞳を開ける。
辺りを見回すが、その部屋には中央に蝋燭がたっているだけで他には何も無い。窓さえも無く外の様子がわからないようになっている。
「どこかで見た場所だな。ということは、ここはこの世か・・・。まだ俺は死んでいないんだな・・・」
立ち上がろうとすると、傷がずきりと痛む。男はとりあえず座ることにした。
その間も、足音はこの部屋に近づいて来た。そして、足音がこの部屋の前で止まる。
ぎぃぃーと嫌な音をたてて扉が開く。
顔は逆光で見えない。
「傷、大丈夫ですか?」
聞いたことがある、心地よい声。
扉が閉まり、部屋の蝋燭によって侵入者の容姿が浮き彫りになる。
「い・・く・・・?」
侵入者はニコリと微笑む。
「久しぶりです、殿。お会いしたかった」
部屋の隅でいた男、兄上は傷の痛みなど忘れて郁殿の元へと歩き出す。
「郁、本当にお前なのか? これが夢なら、覚めなくても良い・・・」
「ですが殿、夢とは必ず覚めるもの。そして、儚いもの・・・」
扉の前に立っている郁はそう言って、微笑みながら兄上の首を絞める。
「郁・・?」
郁はくすくすと笑いながら、兄上の首を絞めている手に力を入れる。
「お前の・・元へ、連れて行って・・くれる・のか・・・」
兄上は郁殿に向かって手を伸ばし、頬に触れる。
「殿・・・」
郁殿は微笑みながら、さらに首を絞める手に力を入れるが・・。
ガタンッ
次の瞬間、郁殿は勢い良く後ろに飛んだ。
「殿?」
「お前は誰だ?」
兄上は肩で大きく息をしながら、郁殿を睨みつける。
「郁です、殿」
「私に郁の偽者が見抜けないと思うのか?」
「・・・」
「お前は誰だ?」
「やっぱりばれたか・・・。俺は雷と言う。人に扮するのが得意な忍びだ」
郁殿の顔で、郁殿ではない微笑みを浮かべる。
「なぜ郁に化けたっ!」
「あんたの気持ちを探りに来た」
「私の気持ち?」
「そう。そして結論は、あんたには死んでもらう。あんたが生きていても春野様は苦しむだけだ。今回はこれで帰るけど、今度は素顔で殺しに来るよ」
「なぜ、今殺さない?」
「春野様の許可が出ていないんでね。俺にとって春野様は絶対だから。じゃあね、殿」
殿という郁殿の声色をつかった捨て台詞?を残して、雷の姿は闇に消えた。
部屋に残ったのは、蝋燭と兄上。
「郁と春野か・・・」
兄上は蝋燭の光を見つめて悲しそうに呟いた。
太陽が西に傾きかけた頃、私は城の抜け道を歩いていた。
薫が気を失って重要な所は何も聞き出せなかったけど、兄上に何かが遭ったことは明白だ。
ちょっとやばいかなという気もするが、じっとしてなどいられるはずが無い。
絶対に、自分の目で何が起こっているのかを知りたい。
「ふぅー、やっと城に着いた。さてと、兄上の部屋はどこだったかな・・・」
私は、自分の記憶を頼りに城の中を歩き始める。
「えぇーと、ここかな?」
中に誰もいないことを確認して、すばやく部屋に入り込む。部屋は薄暗くて、シーンとしていた。
「なんか、雰囲気が違うような・・・」
暗さに慣れてきた目に、女物の着物が映る。
「うわっ、部屋を間違えた。でも、この着物見覚えがある気が・・・。確か、春野殿の・・・」
ストンッ
背後で、微かに物音がした。私はそのままの姿勢で止まる。
「何者だ? 春野様の部屋になぜ居る?」
なんとなく聞きなれた感じの男の声が、背後から掛かる。
それにしても、やっぱり春野殿の部屋か・・・。
「貴様に名のる名は無い」
「気の強い姫だな。でも、名を名のらぬとも解る。双葉姫だろ?」
私はゆっくりと振り向いて、相手を睨む。
「お前は誰じゃ?」
「内緒」
男は、ちゃらけてにこっと微笑む。
「? お主、誰かに似ている・・・」
「そう? で、何しに来たのかな、姫」
この状況で、いかに取り繕っても仕方が無いな。
「兄上に会いに来た」
相手の目を見て、はっきりと答える。
「へぇー、剣様に会いに来たのか。でも、会わすわけにはいかないな」
会わすわけにはいかない? ということは・・・。
「兄上は生きておるのか?」
私は満面の笑みを浮かべて男の顔を見る。
「不憫だな・・・」
男は目を伏せる。
「えっ?」
「おとなしくここで待っていろ、春野様を連れてくる」
「なっ、私は兄上に会いに来たのじゃ。誰が春野殿を待つかっ!」
「・・仕方が無い」
男は、走り出そうとした私の手を掴む。
「離せっっ!!」
「手荒な真似はしたくないんですが・・・、御免っ!!」
「うっっ」
私の腹に手刀が入る。
そして、私の記憶はそこで途切れた。
兄上、貴方はどこに居るのですか?