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 七章(春野の心)

 死んだとされている兄上の部屋には、切り刻まれた死体(兄上の死体と思われているもの)が綺麗に飾られて寝かされていた。
「お前も不幸だな、たまたまあの場面に遭遇したばっかりに・・・。でもまあ、こんなに豪勢に着飾れて幸せかもしれぬな。あの方の代わりに死んで・・・」
 春野殿はその死体にキスをして、壁に目を向ける。壁には兄上の似顔絵が一枚飾られてあった。
「宝よりも、手に入れたいもの・・・」
 春野殿は壁の似顔絵をじっと凝視する。
「貴方の瞳は、いつだって遠くを見ている」
 春野殿は、帯から小刀を取り出して似顔絵に突き刺す。
「春野様・・・」
 いつの間にか、雷が春野殿の背後に現れる。しかし、春野殿はさして動揺せずに振り向く。
「雷か、何の用だ」
「剣様は殺すべきです」
「何を言う。さっき、双葉姫を捕らえる餌として生かすと決めたではないか」
 春野殿は、妖艶な微笑みを浮かべて言う。
「死んだことを悟られなければいいのです。でも、もうそんな事は関係ありません。双葉姫を先ほど捕まえました」
「何!」
「もう、生かしておく建て前がなくなりましたね」
「建て前・・・」
 心なしか、春野殿の表情に寂しさが現れたように見える。
「春野様、一つだけ質問をさせてください。あの時、剣様を殺そうと刀を振り上げた時、振り下ろさなかった理由はなんですか?」
 雷は、春野殿をじっと見つめる。春野殿は、目を伏せる。
「わからない・・・」
「・・・。あの時の貴方様の表情は、とても悲しそうだった。だからこそ、俺はもう少し剣様を生かしておこうと思いました。でも、今日確信いたしました。剣様が生きていても、貴方は苦しむだけです」
 ゆっくりと瞼を持ち上げた瞳には、春野殿らしくない狼狽の色が見える。
「何を根拠に、そんなことを・・・」
 雷は春野殿に向かって優しく微笑む。
「俺は、貴方の事好きだから、貴方の気持ちぐらいはわかります」
「では、そなたは私の何がわかったと言うのだ?」
「貴方は、剣様に惹かれつつあります。宝以外に手に入れたいものがある、と言った剣様の言葉が気になっているはず。自分を不幸のどん底に落とした憎むべき相手なのに、殺そうという気が起こらないでしょう?」
「そんなわけ、あるはずが…」
 いつもより弱々しい声。動揺している証拠だ。
 そんな春野殿を優しく見つめながら、雷はそのまま話し続ける。
「貴方が剣様の事が好きで、それに剣様が答えてくれるのならば良いと思いました。でも、あの方の目には郁殿しか映っておりません。これ以上生かしておいても、剣様への想いが膨れるばかりで悲しいだけです」
「・・・」
「どうか、剣様を殺せと命令してください」
 雷は、春野殿の瞳を見つめる。
「・・・わかった。でも、私が殺す」
 春野殿の瞳は、不思議な輝きを持ち始めた。
「わかりました。しかし、もし貴方が殺せなかった時は、俺がとどめを刺します。いいでしょうか?」
「かまわん」
 春野殿は、壁に刺さっている小刀を抜いて帯にしまう。
 そんな春野殿を、雷は寂しそうに見つめていた。


 あれから、どれくらい気を失っていたのだろうか。
 私はゆっくりと目を開ける。
「あら、やっと目が覚めまして?」
 春野殿の声。これは、絶体絶命の危機とかいう場面では・・・・。
 声がする方をを見ると、蝋燭の光に照らされて微笑んでいる春野殿が見えた。
「春野殿・・」
 私は春野殿を睨みつける。
「まあ、恐い顔。これから起こる事がわかっているみたいじゃない」
「兄上はどこじゃ?」
「貴方が知らないところよ。でも、他人にの心配より自分の身を案じるほうが良いのではない?」
 春野殿の唇が楽しそうに歪む。
「私を殺す気か!」
「ええ、宝を知っているものは皆殺しよ」
「では、兄上を殺したのか?」
「まだよ」
「そうか。では、私も生きねば・・・」
 私は立ち上がる。それと同時に近くにあった棒のような物をつかみ、構える。
 宝の在処を印しているこの体を守る為に、私は剣の修行を積んでいる。きっと、春野殿よりも強いはず。
 しかし、その自信は次の瞬間打ち崩された。
「やぁあぁぁ!」
 私は、棒を振り下ろしながら春野殿に近づいた。
「馬鹿がっ」
 春野殿はそんなことを呟いて、流れるような仕草で私のバランスを崩す。
「えっ」
 足を綺麗に払われた私は、無様に転んで床に倒れた。
「私にかなうわけないでしょ、お馬鹿な姫。私はね、貴方より実践経験が多いのよ」
 高い位置から私を見下ろす瞳には、憎悪の輝きがましていた。
「でも、薫は貴方はお金持ちのお嬢様だって言っていた。なんで、お嬢様が実戦経験なんてっ」
 春野殿の手が私の首に掛かる。
「それは、父が捕らえられるまでの話」
「父が捕らえられるまで?」
「そうよ。剣様の目を奪ったのは私の父よ。父が捕まってからというものは、地獄だったわ」
「でも、それは貴方の父上が悪いのだから・・・」
「そうよ。でも、父が捕まってからは収入もあまりなくなり、私を守ってくれる者もいなくなった。残った家族からは疎まれ、いやらしい金好きの男からは好かれて、暮らしたのよ。逆恨みだってしたくなるわよ」
「・・・・」
「私は、何も頼るものがなかった。だから、自分自身が強くなるしかなかった。でも、お前はいわね。愛しの兄上がいて・・・」
 春野殿の手に力が込められる。
「くぅっ・・」
 やばい、意識が・・・・。
 春野殿の憎悪と悲しみに満ちた瞳は、冷ややかに私を見つめている。
 春野殿の手を振り解こうと一生懸命抵抗してみるが、いっこうに首を絞める指はゆるくならない。そればかりか、強くなっていく一方だ。
 でも、私はこんなところで死ねない。
 もう一度兄上に会うまでは、絶対に死ねない・・・。

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